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僕の描く不完全な完全

 僕は作文が苦手だ。
 小学校低学年の頃、作文を書いたら報告書だと言われた。
 聞くところによると、作文には自分の思ったことを書くらしい。
 読書感想文なんかは特に苦手だ。
 本を読んだ感想なんて、面白かったかそうでなかったかでいいじゃないか。
 それをわざわざ原稿用紙二枚にわたって書くなんて無駄だと思う。
 だから僕は、作文が苦手だ。
 
 僕は読書が好きだ。
 特に小説が好きだ。
 誰かの作った世界で、誰かが息づいている。
 そんな世界の誰かの生きる様を、まるで自分が体験しているような気になって、とてもわくわくする。
 推理小説なんかも、推理そっちのけで登場人物が推理している様を見ているだけで楽しくて仕方ない。
 だから僕は、読書が好きだ。
 
 僕は空想が好きだ。
 いろんな世界や人を空想するのが好きだ。
 魔法の力を持った人、悪人を陰で裁く人、ライバルと剣を交える人。
 いろんな世界で息づく人を空想するのが好きだ。
 だから僕は、空想が好きだ。
 
 僕は世界を描くことができない。
 僕の言葉は、僕の空想した世界を描くには貧しすぎる。
 しかしきっと、僕がどんなに多くの言葉を知ったところで、僕の世界を描ききることなどできはしないだろう。
 言葉にできない体験がある。
 言葉にできない風景がある。
 言葉にできない世界がある。
 言葉にできない言葉がある。
 言葉は、世界を描くには不完全だ。
 だから僕は、世界を描くことができない。
 
 僕は世界を描くことができる。
 不完全な言葉で完全な世界を描くことはできない。
 しかし、完全な世界は僕一人だけのもので、共有することなど絶対にできない。
 だから不完全な言葉で、不完全な世界を描くことで、きっと誰かと共有することができる。
 僕にとっての完全な世界と、誰かにとっての完全な世界が、不完全な世界によってつながるだろう。
 そうであるなら僕の世界は完全でなくてかまわない。
 そうであるなら、僕の世界は不完全で構わない。
 誰かが僕の世界を受け入れてくれるなら、僕の世界は不完全であるべきだろう。
 だから僕は、今日も世界を書いている。
 
「はじめまして。君の名前を教えてくれるかい――」

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