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その心、十一まで

「先輩、寒いんですけど」
「俺に言われても困るね。と言うより、その服装が悪いんじゃないかな?」
「どこが悪いんですか! 私はいつも通り、平常営業中ですよ!」
「いや、そのスカートがね」
「スカートがどうかしたんですか? もっと短いほうがお好みですか? 先輩ったら意外と大胆ですねー」
「いや、言ってないからね。一言も」
「大丈夫です! 先輩の気持ちは一から十一まで全部お見通しです!」
「ちょっと盛ったよね? もし見通せてたとしても確実に一割盛ったよね?」
「ほほう、そこに気づくとはさすが先輩! この竜胆水姫の眼鏡にかなっただけのことはありますね!」
「かなわなかったらよかったかなと今心底後悔してるところだけど?」
「またまた冗談がお上手ですねー!」
「君って本当に本気が通じない人だね」

「先輩はげっきょく駐車場って知ってますか?」
「あー、うん、そうだね。すごいチェーンだよね。あちこちにあるもんね」
「違いますよ。げっきょく駐車場は全国チェーンじゃないですよ」
「え? だって、あれとかのことだよね?」
近くにあった月極駐車場の看板を指さす。
「違いますよ。あれは月極駐車場ですよ。もしかして先輩ってば月極のことげっきょくって読んでたんですか? わわわ―、かわいいですよ、先輩!」
「誤解だからね。頭ごなしに否定するのも大人げないかと思って話を合わせてたんだよ」
「またまた御冗談をー!」
「本気だよ? 誤解だからね?」
「そんな先輩も素敵ですー!」
「面倒くさいから誤解したままでもいいけど、あんまり言いふらさないでね」
「もちろんです! 私の知ってる人にしか話しませんから!」
「満々だよね? 言いふらす気満々だよね?」

「ここがげっきょく駐車場です!」
「うわ、本当にあったんだ」
水姫ちゃんに案内された先には確かにげっきょく駐車場があった。
ただし、そう言う名前の喫茶店だったけれど。
「いらっしゃい。お、水姫ちゃんか。よく来たな。後ろのは彼氏かい?」
「いえ、違います」
「はっはっは。君は冗談がうまいなあ。どこからどう見てもお似合いのカップルじゃないか」
「マスターってば話が分かるんだから!」
「違いますって。話を聞いてくださいよ」
「うん、みなまで言うな。僕は一を聞いて十一を知る男だからな!」
「盛ってますよね? 確実に一割盛ってますよね?」
「そこに気づくとはさすがだな! 君にこそ水姫ちゃんを任せられるというものだよ!」
「謹んで遠慮させてください」
ああ、この人はきっと水姫ちゃんの親戚だろうなと思った。

「篠田恭介だ。水姫ちゃんとははとこ同士の関係だ。彼氏くん、名前は?」
「高峰健吾です。彼氏じゃないって何回言ったらわかってくれるんですか?」
「はっはっは。何度でも言ってくれよ! 君の冗談は何度聞いても面白いからな!」
何度言っても分かってくれそうにない。
「聞いてよマスター! 先輩ってば月極駐車場のことげっきょくって読んでたんだよ!」
「だからそれは誤解だし、言いふらさないでって言ったじゃないか」
「ほほう? 彼氏くん、君はひょっとして」
「彼氏じゃないです」
「意外と頭が悪いのか?」
「だから誤解だって言ってるじゃないですか」
「はっはっは。君は冗談がうまいな!」
「でしょ! さすがマスター、分かってるね!」
「分かってないよね? 何も分かってないよね?」

「世間は忘年会シーズンです!」
「そうだね。その忘年会シーズンもそろそろ終わりそうだけど」
「先輩は忘年会とかやらないんですか?」
「普通の高校生は忘年会やらないと思うよ。冬休みだし」
「でも先輩は冬休みなのにこうして私といてくれるじゃないですか。冬休みでも先輩の私への思いは変わらないんですね!」
「水姫ちゃんが来ないとあることないこと言いふらすっていうから仕方なく来たんだよ」
僕が月極をげっきょくと読んでいることとか。
「またまたー! 先輩ってば冗談がお上手ですね!」
「冗談じゃないからね? 本気だからね?」

「先輩はクリスマスには何してたんですか?」
「いつも通り家で家族とクリスマスパーティーだよ」
「何で私も呼んでくれなかったんですかー! 先輩の彼女として家族と仲良くする義務があります!」
「水姫ちゃん別に彼女じゃないからね。何度も言うけど」
「おやおや、聞こえませんよー!」
今度は冗談じゃなくて聞こえない戦法か。
「水姫ちゃん、人の話を聞かないねってよく言われない?」
「よく心情の裏返しでそう言われることはありますよ」
「うん、それは裏返しじゃないよ」

「健吾先輩! 今日こそ決着をつけましょう!」
ビシィッ!
と言いつつ水姫ちゃんが人差し指をこっちに向けている。
「はいはい。何の決着かな?」
「何かいいアイディアがあればお願いします」
「ああ、何も考えてないのに言っちゃったんだね」
「むむう、牛乳の一気飲み勝負なんてどうです?」
「今の時期にやる勝負じゃないよね? きっとお腹壊しちゃうよね?」
「私は一日に牛乳三リットル飲んでるから大丈夫ですけど」
「よくそんなに飲めるね。俺も牛乳好きな方だけど、さすがにそんなには飲めないよ」
「牛乳マイスターとして、それくらいは当然です!」
ちなみにあとで聞いたところによると国家資格らしい。
誰の管轄だろう。
「でも、一気飲みはちょっと牛乳が味わえなくてもったいないです」
「どこかで牛乳買っていこうか?」
「先輩のおごりだと言う風の噂が聞こえました!」
「今どきの風邪は随分具体的な噂をするんだね」
ちなみに牛乳はおごらされた。
しかも一リットル。
しかもその場で空になった。

「ねえ水姫ちゃん。ちょっと聞きたいんだけど」
「おお! 先輩私に興味津々ですか! 今ならスリーサイズでも下着の色でも何でもお答えしますよ!」
ぐいぐい来る。
目の前五センチくらいのところまでぐいぐい来る。
もう少し離れてくれないといろいろと不都合なんだけれど。
「近すぎるから少し離れようね?」
「いいえ! 私のハートに火がついた以上、先輩から離れることなんてもうできないのです!」
「お願いだから、少し離れて」
何とかやっとこさ水姫ちゃんをひきはがす。
「まず、スリーサイズとかその、下着の色とか、そう言うの女の子が言うものじゃないからね」
「ほほう! それは言えという振りですか! お任せください! 私のスリーサイズは上から」
「違うからね? 振りなんかじゃないからね?」
興味がないとは言わないけれど。
そう言うの、あんまりよくないと思うから。
「あとあんまり男子に顔近付けるのもどうかと思うよ」
「それはもっと近付けてくださいという」
「振りじゃないからね」
「ぶー、先輩のけちんぼ!」
顔を膨らませる水姫ちゃんはいつもよりかわいいと思う。
本人には言わないけれど。

「水姫ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど」
「先輩私に興味津し」
「興味津々ではないからね」
ぐいぐいと来そうな姿勢を先んじて制する。
出鼻をくじかれた水姫ちゃんはそのまま元の姿勢に戻る。
「むう。それで、何を聞きたいんです?」
「水姫ちゃんは初詣に行くときはどんな格好で行くの?」
「先輩がお望みならメイド服でも水着でも何でも着ていきますよ!」
「いや、そうじゃなくてね。今までのお正月はどんな格好で行ってたの?」
「別に普通ですよ。いつもとおんなじ私服です」
「そうなんだ。着物とか着ないの?」
「おお、先輩着物をお望みですか? 分かりました! 今年のお正月は着物で行きます!」
まだ何も言っていないのだけれど。
でもまあ、ありがたくはあるけれど。
「じゃあ初詣に行ったら写真撮って送ってよ。見てみたいから」
「何言ってるんです? 今年の初詣は先輩と一緒だって決めたじゃないですか!」
「決めてないよね? 俺水姫ちゃんと初詣行く約束してないよね?」
「えー、じゃあ先輩私と初詣行ってくれないんですか?」
水姫ちゃんの目元が潤む。
水姫ちゃんの泣いたふりは一級品だ。
俺は騙されないけれど。
「行かないとは言ってないよ。先に言ってくれればちゃんと行くからね。だから泣かないで」
俺は騙されないけれど。
「うわーい! 先輩とっ、初詣っ! これはもう先輩公認のカップルと言うことですよね!」
「違うからね」
「またまた、先輩は冗談がお上手ですね!」
「冗談じゃないからね?」
否定するのも疲れるものだ。
さて、初詣に向けて昔買ったデジカメを探すとしようか。

「雪が降ってないです」
「そうだね。結構寒い日もあったけど今年はまだ雪見てないね」
「不服です! 異議申し立てるです!」
バチン!
と机をたたく。
「俺に言われてもなぁ。そんなに雪が見たいなら、もう少し北の方に行ってみたらいいんじゃない?」
「雪国で見る雪なんか意味ないです! 東京で見るからいいんですよ!」
「珍しさとか、貴重さがあるからかな?」
「だって先輩一緒に雪見に行こうって言っても来てくれないじゃないですか」
「夜中の三時に電話かけられたらさすがの俺でも断るよ」
「むう。じゃあ今度雪が降ったら一緒に見に行ってくださいよ!」
「雪合戦でもしようか。その時は」
「望むところです! 十戦十一勝してあげます!」
また一つ多い勝ち星はどうしようかな。

「いつもお疲れな先輩にマッサージをしてあげます!」
「そんなに疲れてないんだけど」
引き剥がしにかかったけれどタイミングが遅かった。
既に組み伏せられそうだ。
「遠慮なんていらないですよ。師匠直伝の最強マッサージですよ」
「マッサージって普通強弱つかないものなんだけど、なんでそのマッサージは強いのかな?」
「体験してみれば分かりますよ! さあ、そこに直るのです!」
「い、いやだ」
抵抗空しく組み伏せられ、その上にまたがれた。
背中に女の子が座っているというのは、何となく変な気分だけれど、どう考えてもそれどころではないような気がする。
「お手柔らかにね」
「すみません先輩。私若輩者なので、手加減できないです」
「う、嘘でしょ? 嘘だよね?」
「では、行きます!」
「痛い痛い痛い痛い痛い! ぎゃああぁぁ!」
「さあ、じゃんじゃん行きますよ! 先輩の全身をほぐしてあげます!」
「ぐああぁぁ! やめてくれええぇぇ!」
マッサージは二十分ほど続いた。
叫びすぎて喉がかすれてしまったけれど、それ以外のところはてきめん快適になった。
「お疲れ様ですせんぱい! どうでした? おばあちゃんの友達直伝スペシャルマッサージ」
「ほんともう……やだ」
このマッサージだけは金輪際絶対に阻止しないといけないだろう。

仕返しの日。
「水姫ちゃん、この間のマッサージのお礼をしようと思うんだけど」
「おお、先輩のお返しですか! 何でもいいですけど、できればちゅーでお願いします!」
「お返しは、俺の方からもマッサージをしてあげることにしようと思ったんだ」
「ありがとうございます! ぜひともお願いします!」
「じゃあそこに寝そべって」
「分っかりました! あ、でも、えっちなことはなしですからね!」
「うん、そんなことしないから」
この間の恨みが晴らせればそれでいいからね。
「さ、行くよ」
「お、足つぼマッサージですか」
一夜漬けで勉強してきた足つぼを押しこむ。
ぐぐぐ。
「あ、ふぅー。すごくいいですぅー」
「あれ? そう?」
だったらここなら。
ぐぐぐ。
「はぁー。せんぱいさいこーですぅー」
「あ、うん。それならよかったけど」
おかしい。
全然効いてないみたいだ。
それからしばらく足つぼを押してみたけれど、水姫ちゃんが痛がる様子は全くなかった。
「はふーん。先輩、マッサージ最高でした! 今度お礼にまたマッサージしてあげますね!」
「ごめん、絶対いやだ」
「またまた、遠慮しなくていいんですよ!」
この後十分ほど説得を続けて何とかマッサージを断ることができた。
もう水姫ちゃんにマッサージをするのはやめておこう。
お礼が怖すぎる。

「先輩、手が!」
自分の手を見ても、何もない。
「違います! 私の手です!」
水姫ちゃんが両の手を俺の方に突き出している。
近すぎて見えないけれど。
「何か黄色い?」
「そうなんです! みかん食べてたら黄色くなっちゃいました!」
よくみかんをたくさん食べると手足が黄色くなると言うけれど、俺は黄色くなったことがない。
「水姫ちゃん、みかんどれくらい食べてるの?」
「一日五六個食べてます」
「食べすぎだよ。そんなに食べてたら家族の分なくなっちゃうんじゃない?」
「それは大丈夫です! うちは家族みんなで食べられるようにいつも箱で買ってきてます!」
買いすぎだと思う。
こたつの上にのりきらない。
「それで、手が黄色いのがどうかしたの?」
「先輩に心配してもらおうと思ったんです! どうですか? 心配ですよね?」
「うん、今心配する気がなくなったよ」
「またまた、先輩ったら冗談がお上手ですね!」
俺の手も少し黄色くなっていることは黙っておこう。

「先輩! こっちですこっち!」
水姫ちゃんが手招きしている。
「あけましておめでとう」
「おめでとうございます! どうです? 私の艶やかな着物姿!」
「艶やかって普通自分で言わないけどね」
「先輩ならそう考えると思ったのです! 先輩の考えてることなんてお見通しですよ!」
「一から十一くらいまで?」
「一から十一までです!」
やっぱり盛られる十分の一。
「それで、どうです? 私似合ってます?」
「うん、似合ってると思うよ」
「またまた……すみません、もう一回お願いします」
声のトーンが真剣になる。
「着物、似合ってるよ」
「……う」
う?
「うぃやっほーい! 先輩に褒められましたー! これはもう公認カップルだと言っても過言ではないですよね!」
「過言だからね? そこまでは言ってないからね?」
「またまた御冗談を!」
いくら言っても聞かないんだから。
分かってはいたけれど。
「カップル云々は置いておいて、とりあえずお参りしていこうか」
「はい! 先輩と末長く幸せになれるようお願いします!」
そう言うの、あんまり大声で言わないでほしいな。
まだカップルでもないんだから。

「お願いした?」
「はい! 先輩と私たちの子供と末長く幸せに暮らせますようにって!」
人生設計がさっきの今で随分進んだみたいだ。
「そういうの、あんまり大声で言わないようにね」
「はい! 善処します!」
全く期待できない。
ため息が口をついて出てしまう。
「何か食べて帰ろうか?」
「はい! じゃがバターとソースせんべいが食べたいです!」
「じゃあ買いに行こうか」
「あとおみくじとソーダと大判焼きとタコ焼きとお好み焼きとステーキとわたあめと」
「あの、水姫ちゃん」
「はい先輩!」
「食べすぎだからじゃがバターとソースせんべいだけね」
「むう。我慢します」
「えらいよ」
「私えらいので、頭をなでてほしいです!」
「うん、それはだめだけどね」
「またまた、御冗談を! 遠慮しないで私のことなでてくれてもいいんですよ!」
「髪が乱れちゃうから、また今度ね」
「あ、うう。ありがとうございます、です」
こうしてうろたえる水姫ちゃんを見るのは楽しいものだ。

一通り食べるものを食べ、水姫ちゃんを家に送っていく。
口数はいつもより少ない。
「先輩、今日は楽しかったです」
「俺もだよ」
俺の返答も、いつもより短い。
「私、来年も、そのまた来年も、これからずっと先も、先輩と一緒にお参りしたいです」
いつもより静かな水姫ちゃん。
「先輩は、どう思ってますか?」
俺の思いを聞いてくる。
「水姫ちゃんには分かってるんじゃないかな。一から十一まで、お見通しなんでしょ?」
「今だけは、十までです」
少しばかりの沈黙。
「先輩は、どう思ってますか?」
「そんなに先のことは分からない。だから今は答えられない」
「そう、ですか」
水姫ちゃんがしょんぼりとしたのが、見なくても伝わってきた。
それから水姫ちゃんの家に着くまで、会話はほとんどなかった。
「あの、今日はありがとうございました。また明日から」
「水姫ちゃん」
「はい?」
唐突な呼びかけに面食らう。
「俺がさっき、どんなことをお願いしてきたか分かる?」
「その……いいえ」
「来年も、そのまた来年も、これからずっと先も、一緒にいたいなんて、まだ言えないから。とりあえず、これだけお願いしたよ」
水姫ちゃんのお願いを、今叶える。
「水姫ちゃんとずっと仲良しでいられますように」
そっと、髪が乱れないように、優しくなでた。

水姫ちゃんを送り届けて帰り道を歩く。
さすがに年明け初日の夜は寒い。
「先輩!」
うしろから水姫ちゃんの声。
振り向けば、もう着物ではない、いつもの水姫ちゃん。
「あの、さっき、言い忘れてて」
走ってきたのか、息が上がっている。
口から白い息が漏れる。
息をのみこんで、それから吸い込んで。
「今年も、よろしくお願いします!」
元気な、いっぱいの笑顔で。
「こちらこそ、よろしくね」
本音はしばらく、彼女のお見通しに隠しておこう。

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