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何もない明日にまた会おう

「君は、世界で最も忌むべき言葉を知っているか?」
「いや、存じ上げませんね。何ですか?」
「面倒。これが、世界で最も忌むべき言葉だよ」
「それは初耳ですね。……ところで、僕に何か御用ですか?」
「喉が渇いたから何か飲み物を買ってきてくれないか?」
「面倒なのでお断りします」
「君は私の話を聞いていたのか?」
「ええ。九割は聞いていましたよ」
「最も重要な一割と聞き逃すとは、君も器用だな」

「人間は、二つに分類できるとよく言うな」
「言いますね。先輩ならどう分類しますか?」
「そうだな。例えば、勝者と敗者、だな」
「およそそうやって分類する人は嫌味な勝者だと相場が決まっています」
「君は本当に意地の悪い言い方をするな」

「ならば君の分類はどうなるのか、聞かせてもらおうか」
「僕と先輩です」
「それだけか?」
「ええ、それだけです」
「君にとっての人間はあまりに数が少ないな」
「絶滅危惧種です」
「繁栄の道は遠そうだな」

「最近、よく雨が降る」
「僕の傘もとても嬉しそうにしています」
「君は傘と会話でもできるのか?」
「その気になれば。あまり機嫌を損ねると、水はけが悪くなるんですよ」
「そうか。なら、君の傘に一緒に入ってもいいかどうか聞いてほしいのだが」
「断固拒否するそうです」
「もう少しオブラートに包んでくれると傷つかないと伝えてくれ」

「君は去年のクリスマスはどうしていた?」
「家族と一緒に過ごしていましたね。先輩はどうしていましたか?」
「私は恋人と一緒に聖夜をしっぽりと過ごしていたぞ」
「はっはっは」
「せめて何か言ってくれ。突っ込み待ちだ」

「言いなれない嘘をつくものではないな」
「そうですね。先輩に彼氏がいないことは三年前から知っていますよ」
「君はいちいち私に詳しいな」
「そりゃあ、聞いてもいないことを毎日話されれば覚えてしまいますよ」
「門前の小僧習わぬ経を読む、か」
「まあ、僕としても先輩について知れるのは嫌ではありませんからね」
「君は本当に素直じゃないな」
「先輩は素直すぎます」

「もう今年も残り二ヶ月を切った。やり残したことはないか?」
「ある意味やり残していますが、おそらくこの調子なら達成できるでしょう」
「何だ、まだ未達成の目標があるのか? 私でよければ手伝おう」
「いえ、先輩はいつも通りにしていてください」
「そうか? 気が変わったらいつでも言ってくれ」
「気が変わったらなおのこと頼めませんけどね」
「君は実に回りくどいな」
「先輩は直球すぎます」

「君はあまり背が高くないな」
「気にしているんです。放っておいてください」
「ちゃんと牛乳は飲んでいるのか? まあ、今から飲んでも遅いかもしれないが」
「残念ながら飲んでもこの身長です」
「そうか。それは残念だ」
「先輩は、牛乳をよく飲んだからその身長なんですか?」
「毎日欠かさず一リットル飲んでいる。そのおかげだろうな」
「その割に小さいですよね。どこがとは言いませんが」
「気にしているんだ。放っておいてくれ」

「先輩はいつも同じものを食べていますね」
「一番おいしいからな」
「おいしい物でも、毎日食べていたら飽きませんか?」
「飽きるな。だが、同じものでも、いつも違う味がするんだよ」
「味覚障害ですか」
「綺麗にまとめようと思ったのにその返しはひどいな」

「君は和服は好きか?」
「見るのは好きですね。着る方は面倒です」
「私も同じだよ。だが、世の男衆は皆浴衣を好むようだな」
「みんながそうかは知りませんが、僕個人で言えば否定しません」
「そうか。では君のために浴衣に着替えるとしようか」
「僕のために着替えてくれるのは結構ですが人目を気にしてください」

「風邪をひいたかもしれない」
「そうですか。お大事に」
「もう少し優しく取り扱ってくれ。今の私は壊れものだ」
「甘酒でも飲みますか? 風邪に効くといいますよ」
「せっかくの厚意だ。ありがたく受け取るよ」
「一リットルありますけど、今日中に飲んでくださいね」
「風邪が治っても明日の二日酔いが怖いな」

「最近机に向かっていると手足が寒くてかなわないな」
「先輩は冷え性なんですね。僕が温めてあげましょうか?」
「嬉しいことを言ってくれるな。できれば心の芯まで温めてくれると尚良い」
「あんまりふざけたことを言ってると耳から熱湯注ぎますよ」
「……最近君の飴を見ていない気がするな」
「飴なら切らしていますので鞭でも召し上がってください」
「せめて鞭についた茨を取ってほしいものだな」

「君はよくテレビは見る方か?」
「ええ、割とよく見ますね。先輩はどうなんですか?」
「私は昔からよくテレビと結婚しろと言われたものだ」
「テレビ大好きなんですね。どんな番組が好きだったんですか?」
「昔はよくアニメを見ていたな。かつての月曜日の充実ぶりは忘れがたいな」
「今はどんな番組を見るんですか?」
「もっぱら深夜番組だな。あの浮世離れした感じがなんとも言えない」
「確かに。先輩自身もそんな感じですもんね」
「誰が深夜番組だ」
「浮世離れの方です」

「最近少し肉がついてきた気がする」
「女性は少しくらい肉付きがいい方が好まれるそうですよ」
「そうなのか? てっきり、世の男衆は細いほうが好みだと思っていたのだが」
「人に寄りますけど、女性が思ってるほど、男は細い人は好きじゃありませんよ」
「なるほど。なら、私はダイエットをしなくてもいいということか?」
「先輩は今でも大分細いと思いますからね。無理に痩せなくてもいいと思いますよ」
「そうか、少し安心した。では帰りにケーキでも買って帰るとしようか」
「いいですね、僕も付き合いますよ」
「ところで、君は細いのとふっくらしたのと、どっちが好きなんだ?」
「僕は細いほうが好きですね」
「……ケーキは延期だ。今日は走って帰るぞ」

「先輩は、何か好きな武器とかありますか?」
「珍しい質問だな。そうだな、やはり日本刀だろうか」
「先輩みたいに強さと美しさを兼ね備えているからですか?」
「お、おお。急に褒められると反応に困るな。どうした?」
「いえ、先輩ならそんな風に考えるかなと思いまして」
「いくら私でもそこまで思いあがってはいないぞ」

「秋と言えば紅葉ですね」
「四季を感じさせるな。日本人に生まれてよかったと心から思うよ」
「紅葉を見るなら、やはり隣に欲しいものがありますよね」
「そうだな。君なら、隣には何が欲しい?」
「やっぱり、もみじ饅頭と温かいお茶がいいですね。先輩はどんなものがいいですか?」
「私は、何もいらないよ」
「いいんですか? 確かに、眺めるだけの紅葉もいいとは思いますけど」
「私は、君と紅葉が見られるなら何もいらないよ」
「……たまには、茶化さないでおきますよ」

「最近はあまりぬいぐるみを買わなくなってしまったな」
「ぬいぐるみなんか買うんですか。意外です」
「以外とは何だ。私だって、これでもうら若き乙女だぞ」
「うら若き乙女は自分を指してうら若き乙女なんて言いませんよ」
「なら、君が私を指してうら若き乙女と言ってくれてもいいんだぞ」
「……」
「なぜ黙る」

「君は一人っ子か?」
「いえ、妹が一人います」
「その割に随分君は面倒見が悪いように思うのだが」
「そんなつもりはありませんが……ちなみに、誰に対する態度を見て言っているんですか?」
「無論、私だ」
「ああ、先輩については面倒を見ていませんからね」
「私だって、構ってほしいときくらいあるんだぞ」
「心得ていますが、期待は裏切らせてもらいます」
「本当に、意地悪だな」

「先輩は一人っ子ですか?」
「いや、私も妹が一人いる」
「その割に面倒見が、って言うか、先輩ってどっちかというと妹っぽいですよね」
「失敬な。これでも家ではちゃんとお姉ちゃんしているんだぞ」
「あまり想像ができないので、僕を弟だと思って接してもらえますか?」
「私はいつも、君を半分弟だと思って接しているぞ」
「……やっぱり先輩は姉っぽくはないですね」

「先輩はドMですよね?」
「できれば、その結論に至った経緯を聞きたい」
「僕が先輩に意地悪をすると、いつも嬉しそうな顔をするじゃないですか」
「誤解、曲解だ」
「じゃあ、先輩は僕の意地悪を全く嬉しく思ってないということですか」
「もちろんだ。私はMでも、ドMでもないからな」
「わかりました。じゃあこれからは先輩に意地悪するのはやめておきますね」
「意地悪、しないのか?」
「ええ。人がされて嫌なことはしない主義なので」
「そう、か。なら仕方がないな」
「……しょんぼりしている先輩、かわいいです」
「……やはり君は意地悪だ」

「最近、ベッドが狭くなってきたんだ」
「成長期ですか?」
「そうならよかったのだがな」
「まだ身長伸ばしたいんですか? あんまり先輩と身長差がつくの嫌なんですけど」
「この身長のまま成長期に入ったら二メートルを超えるぞ」
「いつか東京タワーを壊すんですね」
「誰がゴジラだ」
「先輩ならゴジラを食べられるくらいには大きくなれますよ」
「そうなったらまず君から食べてやるからな」
「僕の小骨が先輩ののどに刺さりますように」
「大きくならない方を願ってくれ」

「さくらんぼって、大体二つ一組になったものが描かれますよね」
「そうだな。だが、二つ一組のサクランボはあまり見かけないな」
「そんなに二つ一組が良ければ、接着剤でくっつけてしまえばいいと思います」
「君にはロマンをかけらも感じないな……」
「ロマンでお腹は膨れませんから」
「接着剤なら膨れるとでもいうのか?」
「上手く調理すれば、きっと」
「どうしてもと言うなら止めないが、お腹を壊すぞ」
「何言ってるんですか。先輩に作って差し上げるんですよ」
「前言撤回だ。絶対に止める」

「本屋に行くんだが、付き合うか?」
「はい。僕も買いたい本があるので」
「君は本は読む方か?」
「そんなに読まないですね。基本的に漫画雑誌を読むくらいです」
「そうか。読書仲間が少なくて私は寂しいよ」
「妹さんは本は読まないんですか?」
「いや、読むには読むんだが……内容を欠片も理解しないから語らえないんだよ」
「それ、読んでるって言うんですか?」
「妹曰く、読んでるふりだそうだ」
「読んでないじゃないですか」

「結果の伴わない努力は努力とは言わない、と言うことがあるな。君はどう思う?」
「正しいんじゃないでしょうか。世間的には」
「では、君個人の意見としてはどうだ?」
「結果の伴わない努力も努力だと思いますよ。ただ、頭に『無駄な』がつくだけです」
「なるほど、では無駄な努力をしないよう慎重に行動しなければいけないな」
「ところで先輩、そろそろ試験ですね。勉強はどうですか?」
「無駄な努力をしないように努力しているところだよ」
「……単位落とさないことを願ってますよ」

「今日の最高気温は、何度だったかな」
「確か十九度ですね」
「これが、十九度の天気か?」
「今現在の気温は九度らしいですけど、先輩どうかしましたか?」
「寒い! 十九度と聞いて少し薄めの格好で来たのは失敗だった!」
「それは残念でしたね。ちなみに僕はマフラーと手袋を完備していますよ」
「くそう! こうなったら君を身ぐるみ剥いでやる!」
「そんなことしたら捕まりますよ」
「構わん!」
「僕が」
「尚のこと知らん!」

「結局コートだけですんだのは感謝すべきなんでしょうね」
「君が防寒具を見せびらかすから悪いんだぞ」
「まあ、僕はまだ四枚着込んでますから、これでも大丈夫ですけど」
「そんなに着ているなら最初から貸してくれてもよかったじゃないか」
「まあ、せっかくなので、先輩のおねだりを聞きたかったんですが」
「おねだり? コートを貸してください、みたいなことをか?」
「ええ。結局は白昼堂々往来で服を無理やり脱がされてしまったわけですが!」
「あまり大声で言うな! もう少し言葉を選んでくれ!」
「選んだ結果がこれですよ」
「ああ、もう! 何を言っていいものか!」

「今日はまた随分と寒いな。雪でも降りそうだ」
「でも雪が降るといろいろと困りますよね。電車止まりますし」
「北海道では多少雪が降ったくらいでは止まらないと言うのに、東京はだらしがないな」
「先輩どこの出身でしたっけ?」
「私か? 生まれも育ちも東京だ」
「全ての東京都民に謝った方がいいかと」

「どこかに夕飯を食べに行かないか?」
「いいですよ。先輩と行くのは久しぶりですね」
「最近少し忙しかったからな。構ってあげられなかった埋めあわせだ」
「ありがとうございます。でも、一つだけお願いがあります」
「何でも言ってくれ。おごり以外なら」
「先輩って財布のひも固すぎませんか」

「久々に君と食事ができて楽しかったよ」
「僕の方こそありがとうございます。しかも結局おごってもらってしまいましたね」
「たまには私も先輩らしいところを見せないと格好がつかないからな」
「おごることが先輩らしいことかどうかは分かりませんが、とにかくごちそうさまでした」
「うむ。人におごった後は気分がいいな。足取りも軽くなるというものだ」
「ところで先輩、バイトの給料日もうすぐでしたよね」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「いえ。軽いのは足取りだけなのかな、と思いまして」
「……みなまで言うな」
「そうしましょう」

「さて、帰るとしようか。また明日から何もない日常が始まることだしな」
「不満ですか?」
「まさか。確かに毎日何もないが、決して退屈ではない。君だってそうなのだろう?」
「肯定しますよ。よく飽きもしないものだと自分自身に感心します」
「それでは羽村君、何もない明日にまた会おう」
「ええ。また明日、瀬尾先輩」

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