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夕闇の部屋

「例えばここに、一つミカンがあったとする」
「何言ってんの。ないじゃん」
一刀両断にされる。
「いや、だから例えばだって」
「私もミカン食べたくなってきちゃったなー」
そして美咲先輩は話を聞いてらっしゃらない。
「……先輩、僕買ってきましょうか?」
ああ、流はなんていい後輩なんだろうか。こいつの前でだけはいい先輩でありたいと思わせてくれるほどの素晴らしい後輩ぶりだ。
「いや、いいよ。俺のおやつのミカンがあるから」
「あんた本当にミカン好きだよね。ミカンと結婚したら?」
「俺なんかがミカンと釣り合うわけないだろ! ミカンを何だと思ってるんだ!」
「ミカン一つでそこまで怒る!?」

「ここに、一つミカンがある」
今度は大丈夫。ちゃんとミカンを用意しておいた。
「うん、あるね」
「そうだねー、あるよねー」
「はい、ありますね、先輩」
三人口を揃えることなく順に同意する。
「あのさ、お前ら」
「どうかした?」
「どうかしたのー?」
「どうかしましたか、先輩」
三人口を揃えることなく順に返答する。
「俺の一言に対して全員でいちいち反応されると先に進まないんだよ! 適当に間引け!」
「……」
「……」
「……」
三人口を揃えて沈黙する。
「誰かなんか言えよおおぉぉ!」
「反応するなとか反応しろとか忙しいって! 統一してよ!」

「なんか今日寒くないか?」
「今日は寒冷前線が通過するみたいですから。だから冷えるんですね」
ああ、この優等生的回答。流後輩には本日のMVPを進呈しよう。そういえば昨日もそうだったか。
「寒冷前線ってなんだったっけ? いつも同じくらいの時に通るの?」
「それは慣例になるとかの方の慣例だな。前線とは関係ない」
「ところで今日雨降るんだよねー? 私ちゃんと傘持ってきたんだー」
さすがは美咲先輩。おっとりしていてもしっかりしてらっしゃる。
「雨が降るのも前線のせいですね。結構強い雨になることが多いんですよ」
「前線一つとってもいろいろやってるんだね」
まったく、寒冷前線様は働き者でいらっしゃる。ほかにもいろいろなところで仕事をなさっていることだろう。
「今日の昼に食ったミカンが酸っぱかったのも前線のせいか?」
「それは前線のせいじゃないと思います」
「もしかして椅子がちょっとガタガタしてるのも前線のせいなのかなー?」
「それも前線のせいじゃないと思います」
その椅子は先週俺が少し曲げてしまいました。すみません。
「まさかあたしが今朝家を出るのが遅れたのも前線のせいだったの!?」
「それも……いえ、朝比奈先輩の場合はそうかもしれないです。癖っ毛みたいですし」
「ああもう、砂漠にでも引っ越そうかなあ」
「湿気が嫌で砂漠に引っ越した奴なんか聞いたことないぞ」

「湿気と言えば、加湿器ってあるじゃん?」
「あるよねー。冬場大活躍だもんねー」
「あれってさ、なんで熱くないの?」
「え、何言ってんの? あったかいじゃん、加湿器」
「え? いや、あの蒸気。なんか手かざしても全然あったかくないじゃん」
「私の加湿器はあったかいかもー」
そんなばかな。美咲先輩ともあろうお方が俺と逆の立場に立つなんて。
「あの、ですね」
しずしずと流が手を挙げて間に入ってくる。さあ、言ってやれ。お前の知識で陽菜の立場を粉微塵に砕き、美咲先輩をこちら側へ連れ戻してくれ。
「たぶん八重乃先輩の言ってる加湿器は超音波式で、朝比奈先輩の言ってる加湿器は加熱式のものですね。どちらもちゃんとした加湿器ですよ。ただ」
少し言葉に詰まる。どうした、流。
「超音波式のものは殺菌性などの問題があったりして、最近ではあまり作られなくなったみたいですね。残念ですが、今は加熱式の方が主流と言っていいと思います」
何と。熱くならない加湿器はもう主流ではないのか。流が申し訳なさそうにこちらを見ている。仕方ないことだ。お前はよくやった。
「ほら見ろ! あたしの方がちゃんとした加湿機だってことがわかったでしょ! あんたのはしょせん、ニセ加湿器なんだよ!」
「うちの加湿器様をバカにするなー!」

「ねえ」
携帯をポチポチとさせながら、陽菜が顔も目も向けずに一言つぶやいた。言いたいことがあるなら早く言ってくれ。もうすぐクエストが始まってしまう。
「あたし、彼氏できた」
「ほう、そりゃよかったじゃないか」
「え、ああ、うん」
意外とどうでもいい話だった。さて、そろそろクエストも始まるし、装備を確認して
「スルーなの!? え、なんで今のスルーなの!?」
陽菜が勢いよく立ちあがる。勢いのままイスが後方に弾かれて転がる。
「ちょっと、もうちょっと興味持ってよ! 友達に彼氏が出来たとか彼女が出来たとか、お祝いするとか悲しむとか嘆くとか悔しがるとか、結構いろいろやることあるでしょ!」
早口で捲くし立てられているが、顔が近い。
「いや、だって、お前くらいなら彼氏の十人や二十人くらいできてもなにも驚かないし」
「そんだけ彼氏いたらさすがに途中で止めろー!」
がおーのポーズ、と俺が名づけた両手を上にあげて威嚇するポーズを取っている。陽菜のくせに。

「ダイエットでもしようかなーって」
そう言い出したのは美咲先輩だった。
「思ったり思わなかったりするのー」
「どっちなんですか」
「強いて言えば思う方なのかなー」
強いて言わなければ思う方に傾かないほどのあやふやふわふわな決意でダイエットなどできるのだろうか。
「えー、美咲ちゃんダイエットするほど太ってないじゃん」
「でもねー、最近ちょっと体重が増えちゃってるのー」
ふむ、できるだけさりげない視線で美咲先輩の全身をチェックしてみる。見たところそれほど体形に違いはないように見えるが。
「先輩、女子の体を舐めまわすように見るのはどうかと思います」
「誤解だ! 俺は美咲先輩の体重が本当に増えたのかどうかを確かめようとしただけだ!」
「確かめるために舐めまわすように見ていたんですね」
弁解の仕方を間違えたか。
「いいよー流ちゃん。別に見られたって恥ずかしくないからー。水着とかじゃないしー」
「それはそれでどうかと思います」
「とにかくっ!」
話の流れを切らなければ。このままでは俺は女子の体を舐めまわすように見ることを生きがいにしている変態として扱われてしまうかもしれない。
「美咲先輩がダイエットをする必要はないと思います。見たところ体形も変わっていないようですし、何より不要なダイエットは健康に悪影響ですから」
ちなみにこれは流の受け売りだ。以前陽菜に滔々と語っているのを聞いた。
「そうなのかなー? じゃあ今回はやめておこうかなー」
「ちなみに美咲ちゃん、どれくらい体重増えたの?」
「朝比奈先輩、男子の前でそういうことを聞くのはちょっと」
「三百グラムくらい増えてたのー」
「誤差じゃん!」
「誤差ですね」
「誤差なんだー」
まあ、強いて言うなら胸あたりの誤差なのではないかと思いますが。

「くぅ……」
陽菜が机で居眠りをしている。大体こいつは四六時中元気だから、たまにこうして静かにしていると周りの雰囲気がだいぶ変わる。具体的には静かになる。
「陽菜ちゃんよく寝てるねー。気持ちよさそうー」
「本当ですね。僕も……少しだけ昼寝しようかな」
陽菜の全身による昼寝の提案が部屋全体を支配していく。
「先輩もどうですか? 昼寝」
「いや、俺は昨日八時に寝たから止めておく。全く眠くない」
「そうですか。それじゃあ、何かあったら起してくださいね……おやすみなさい」
そう言って流は机に突っ伏して眠り始めた。
「じゃあ悠馬くんー、私たちが寝てるからって、いたずらしちゃやだよー」
「わかってますよ。おやすみなさい」
「うんー、おやすみー……」
どこから持ってきたのかわからない大きなクッションを抱きしめて美咲先輩も寝息を立て始めた。できることならそのクッションと代わりたい。
くぅくぅ。すやすや。むにゃむにゃ。三者三様の寝息がリズミカルに聞こえてくる。
まあ、たまにはこういう日も悪くない。春眠暁を覚えずと言うし、このゆるやかな時間を満喫させてもらうとしよう。

「小麦粉って言うよな」
「言うって言うか、あるよね」
陽菜からの返答。ものぐさな癖にこういうどうでもいいことには結構律儀に反応を返してきたりする。
「でもさ、スーパーとか行ってもただの小麦粉って売ってなくないか?」
「は?」
何言ってんのあんた。という目で陽菜が見ている。
「あー……はい、そうですね。『ただの』小麦粉は確かに売ってませんね」
流が何かを理解したといわんばかりの反応を返すが、流が俺の発言から何を理解したのかはさっぱりわからない。
「だろ? 小麦粉小麦粉言うのに、ただの小麦粉ってどこにも売ってないってどういうことなんだ?」
「悠馬、小麦粉ってどんなものか知ってる? まさか見たことないなんてことないよね?」
「馬鹿にすんな。食べると幸せになる白い粉だろ」
「何その超危ない粉!? それ多分小麦粉じゃないヤバい奴だよ!?」

「昨日、ぬいぐるみが押し寄せてくる夢を見たのー」
「そうですか! どんなぬいぐるみだったんですか?」
「うーんとね、フランケンシュタインとか、アインシュタインのぬいぐるみだったのー」
「はい?」
そんなぬいぐるみは見たことがない。
「何それ。なんか凄そうな夢だね」
「フランケンシュタインにアインシュタインですか。シュタインは同じですけど全然共通点がないですね」
「それでねー。アインシュタインのぬいぐるみがフランケンシュタインをたくさん作ってくれてねー。みんなで一緒に遊んだのー」
「それは、まあ。はい。よかったですね」
流がフォローを投げた。俺も投げていいだろうか。
「ねえ美咲ちゃん。その夢、あたしも見たいんだけど。見てもいい?」
許可とってみられるものなら俺も美咲先輩の夢に是非混ぜてもらいたいものだ。週七毎日八時間でもばっち来いだ。
「うん、いいよー。あ、それじゃあ明日アインシュタインとフランケンシュタインのぬいぐるみ持ってくるねー。枕元に置いたらきっと同じ夢が見られるよー」
翌日美咲先輩が持ってきたぬいぐるみは妙にリアルで、結局陽菜は持って帰らなかった。俺が代わりに持って帰ろうかとも思ったが、止めておいた。
美咲先輩、あれは女子高生が持っていいものではありません。

いつものように放課後になり、部室に入ろうと扉に手をかけると、
「……」
鍵が掛かっていて開かない。扉の窓からは天井の明りも見える。人はいるみたいだ。
「もしもーし、誰かいますかー?」
「あ、先輩。少しだけ待ってもらっていいですか? ちょっと今取込み中で」
流の声だ。俺の第六感によれば、扉の向こうにある気配は……。
「流、悠馬来た?」
「はい、今扉の向こうに」
「じゃあ早く着替えちゃわないとねー。悠馬くんにも悪いからねー」
「ちょっ、美咲ちゃん! それ秘密!」
「ああー、そうだったねー」
何やら扉の向こうでは俺が見てはいけないような何かが繰り広げられているらしい。美咲先輩は着替えと仰ったが、一体何に着替えてくれるのだろうか。メイド服か、浴衣か、それとも巫女さんか。なんにせよ、今のうちに俺の脳内記憶領域に十分な空きを作っておかなくては。とりあえず英単語をいくつか忘れることにしよう。
などと考えているうちに鍵が開く。
「どうぞ先輩。着替え終わりました」
唾を一飲み。心と頭の準備をして扉を開くと、
「何で制服なんだよおおぉぉ!」
全員普段の制服姿だった。期待させやがってちくしょう。
「何期待してたのかなんとなく伝わってくるけど……期待させて悪かったね」
「まあまあー、そのうち見られるからそれまでのお楽しみねー」
「美咲ちゃん、それ秘密なんだってば!」
「ああー、そうだったねー」
いつになるかわからないみんなの姿を想像し、期待しつつ、定位置に着いた。

もう春を迎えてそれなりに経つ。
うららかだった日差しもだいぶ元気になってきたようだ。
「なんか今日暑いな」
「そうですね。窓開けましょうか」
がらら、と流が窓を開ける。網戸の向こうから運動部の声が遠く聞こえる。
「そういえばさー、聞いたー?」
「何をですか?」
「ことわざ部の話ー」
「ああ、あれね。いいよね、扇風機。うちでも一台くらい買えないの?」
扇風機か。確かに、これからの季節、一台でもあれば大分過ごしやすくなること請け合いだろう。
「あんなもの、うちの部にはいらないだろ。うちわさえあれば大抵何とかなるって」
「それは男子の意見でしょ! 女子は、その、色々大変なの! 汲んでよ」
「先輩、女子ってそういうものです」
そうか。流が言うなら多分間違いないんだろうな。
「あー、なんで部室棟って各部屋に扇風機ないのかな。生徒会に掛け合ってみる?」
「やめた方がいいよー。現文部はそれで扇風機没収されたんだってー」
「横暴だよ! 今から私たちは、生徒会に反旗を翻そうかな?」
「何で最後疑問形になってるんですか」
「いや、だって。うちわまで没収されちゃったら困るし」
「さすがにそこまではやらないだろ」

カリカリ。黒鉛が紙の上を走る音が鳴る。
「流ってさ、いつも部室来ると最初に勉強してるよね」
「はい。家に帰って勉強するのがあまり好きではないんです」
だからって部室でやるとはな。俺だったら集中できない。
「そういや陽菜、お前今日もなんか宿題忘れてたよな。終わるのか?」
「え、あーうん。もう完璧って言うか。なんて言うか。あたしくらいになると、宿題なんかやってこなくても大丈夫って言うか」
「陽菜ちゃんー、私でよければ勉強見てあげるよー」
「本当!? じゃあ、ここからここまで、教えて!」
陽菜が開いたページを一応見てみる。これは……数二か。
「ってお前、これ先週の分じゃねえか。何週間宿題ため込んでるんだよ」
「教えてもらえるって言うのに、遠慮なんかしてられないっての!」
ちょっとは遠慮しろよ。
「美咲先輩、面倒くさくなったら途中で放っておいてもいいですからね」
「ちょっ、そんなことしないよね、美咲ちゃん?」
「うふふー、わかんないよー?」
「うわーん! 見捨てられたら悠馬にかじりついてでも教えてもらうからね!」
俺にかじりついても出汁しか出ないぞ。

「私ねー、睡眠学習が得意なのー」
膝の上でもちもちしたクッションをいじりながら美咲先輩が言った。おいもちもち。そこを代われ。
「睡眠学習ですか。でも確かあれってあんまり効果ないんですよね?」
手元に広げていた小説から顔を上げて流が言った。
「そんなことないよー。私ねー、試験前になるといつも睡眠学習で一夜漬けするんだー」
「そういえば、美咲先輩って勉強はできる方でしたよね?」
「まあまあかなー」
まだ流は入学して一ヶ月だから知らないのか。美咲先輩の成績は俺たち下々の者が追いつけるようなものではないんだよ。
「よかったら僕にも何かコツを教えてもらえませんか? 予習復習に時間がかかってしまうのを何とかしたいんです」
「へえ、流もそういうの興味あるんだ。コツコツ勉強するの好きなのかと思ってたよ」
「嫌いじゃないんですけど、でも簡単にできるならその方がいいと思って」
それは同感だな。俺は予習復習はしないけど。
「それで美咲先輩。コツを教えていただけませんか?」
「うーんとねー、ないかな」
「……はい?」
「私ねー、気付いたら睡眠学習できるようになってたのー」
「まあ、なんだ。俺はコツコツ勉強してるお前結構好きだぞ」
「……はあ。ありがとうございます」
かなり露骨に肩を落としていた。そんなに残念だったのか。

「嫌味の気配がします」
「なんだいきなり」
唐突に顔を上げた流が言った。
「誰かが僕のコンプレックスを逆撫でしようとしている気配がします」
「お前コンプレックスなんかあったのか。ほとんど完璧超人じゃねえか」
「な、何を言うんですか!」
流が照れている。こいつはいつもクールだから、こういう表情が見られるのは珍しいな。
「僕にだって、コンプレックスくらいあります」
「流のコンプレックスってどんなの? あたしちょっと興味あるかも」
「そんなに公言するようなこともないですけど……」
「まあ、言いたくないなら無理に言う必要もないだろ。大体誰しも、そういうのは言いたくないもんなんじゃないか?」
かく言う俺も、言いたくないコンプレックスならいくつかある。
「それはそうと、美咲先輩は来ないのか?」
部屋を見渡しても耳を澄ましても、美咲先輩の生体反応は感知できない。
「天崎先輩なら、掃除当番で遅れるそうですよ。お昼に会った時に言ってました」
「そっか。なんつーか、うん」
花がねえよな。
「なんか今、すごい失礼なこと考えなかった?」
「いや、おおむね気のせいだ」
「そう? ならいいけど」
「おまたせー。掃除で遅くなっちゃってー」
部室の扉が開けられる。美咲先輩が息を切らして入ってくる。急いで来てくださるとは、一部員として感激の極みです。
「はあー、何だか肩凝っちゃったー。なんで今日に限って窓ふきだったんだろー」
定位置にいつも置いてあるもちもちのクッションを抱え、ぎゅっとする。
「大変でしたね、美咲先輩。お茶入れましょうか?」
「うんー、お願いー」
甲斐甲斐しく世話をする流を見ているといつも心が落ち着くのだが、一瞬見せた苛立ちに満ちた表情を思い出すと、少し落ち着かなかった。
コンプレックス、か。まあ掘り返さない方がいいだろうな。
「ねえ美咲ちゃん。美咲ちゃんの肩凝りってさ、窓拭きのせいじゃなくて」
「何言ってるんですか朝比奈先輩。窓拭きのせいに決まってるじゃないですか」
いつものように穏やかな笑顔で陽菜に念を押す。ただ、その声は普段よりもわずかに低い。それに怯んでか、陽菜も言葉を続けようとはしなかった。
触らぬ神に崇りなしという言葉もある。そのくらいにしておけよ。

「ねえ、流」
「はい、何ですか?」
教科書から顔を上げて流が応じる。今日のは、世界史だ。
「流ってさ、もうネクタイ自分で結べる?」
「はい。もう一ヶ月経ちますからね。最初は少し苦労しましたけど」
「あー、そういやお前」
「まあ、それはともかく」
流の方に顔を向けつつ、目が訴えていた。それ以上言ったらどうなっても知らないから。
「なんでうちの学校ってネクタイなのかな?」
「僕に聞かれても……」
流にもわからないことはあるのか。大体答えてくれるから最近少し勘違いしそうになってきていたところだが。
「私はリボンの方がいいと思うの。そっちの方が可愛いし。なんでうちの高校リボンとネクタイの選択制じゃないわけ?」
「陽菜、お前そんなにリボン好きだったっけ?」
「好きよ、大好きよ! なんなら愛してるよ!」
そんなにか。
「いいよねーリボン。つけてるだけでふわふわ楽しい気持ちになるもんねー」
「そうでしょ! あ、せっかくだから美咲ちゃんにも私のリボンをつけてあげる」
「わーい、ありがとー」
ポケットから取り出したオレンジのリボンを美咲先輩の髪に器用につける。出来上がった先輩は、何と言うか、少し幼い雰囲気になった。髪型のせいだろうか。
「と、こんな感じ! ね、これがネクタイだったらあんたどう思う?」
「ネクタイ頭に結ぶのは酔っ払いのサラリーマンだけだ」

「ん……んー!」
陽菜が目いっぱいに腕や背中や足を伸ばす。
「はあー……。今日もまったりしたね」
「ん、ああ。もうこんなに暗くなってますね。そろそろ行きますか?」
手元に開いていた教科書を閉じて言う。
窓の外は夕闇と言うに相応しいオレンジと紫のコントラストになっている。
「そうだな。じゃあ行くか」
各自出していた暇つぶし用品を鞄にしまい、帰り支度をする。
部室を出て鍵をかけると、廊下の窓から低く輝く夕日が見えた。
「早く行かないと夕日沈んじゃうねー。急ぐー?」
「ええ、急ぎましょうか」
各自が用意した思い思いのカメラを持って、部室を後にする。
鍵を返して校門に向かうと、みんなが待っていた。
「悠馬、早くー!」
「おう、今行く!」
さて、今日も一日が終わる。
夕焼け部、活動開始だ。

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